like no other
「こーらーハルトマン!」
今日も食卓で怒号が飛ぶ。行く手を遮るトゥルーデの手をひらりひらりとかわし、隙を突いて彼女の皿から最後の芋を奪うと
ぽいと口に放り込み、鼻歌混じりに食堂から出て行くエーリカ。
怒りも虚しく結果的に食事を分捕られただけに終わったトゥルーデは、はあ、と溜め息を付いて席に戻った。
「バルクホルンさん、せめてお味噌汁でも」
気を遣う芳佳に、ひとつ頷くトゥルーデ。
「すまないな宮藤。軽く頼む」
「はい」
半分程に注がれた扶桑の味噌スープをぐいと飲むと、トゥルーデは立ち上がった。
「何処へ行くの?」
ミーナの問い掛けに、ぶっきらぼうに答えるトゥルーデ。
「訓練だ」
「あら、貴方今日は非番でしょ?」
「非番だからこそ、技術に磨きを掛けないと」
「それにしては、さっきハルトマンにやられっぱなしだったけどな」
「ウジャー」
シャーリーとルッキーニに笑われ、尚更腹が立ったのか、トゥルーデはぎろりと一睨みすると、つかつかと食堂から出て行った。
「相変わらずだねえ、堅物は」
肩をすくめておどけてみせる楽天的リベリアン。
「まあ、今日はハルトマンが訓練でもあるからな。ちょうど相手には良いんじゃないか?」
「そっか。ハルトマン、今日訓練だったっけ。まあ確かに彼女に立ち向かえるのは……」
スプーンをくわえたまま、天井を見、後ろ手に腕を組むシャーリー。ルッキーニも同じ格好をするも仰け反りすぎて椅子事転倒する。
「おぉい、大丈夫かルッキーニ」
「頭打ったぁ。痛ぁい……」
「馬鹿だなあ。ほら、痛いの痛いのとんでけーってな」
「ありがとシャーリー」
「全く。お前達も、二人の訓練を見ておくと良い。色々参考になるんじゃないか?」
美緒がたしなめつつ二人に提案する。
「いや、あの二人は……」
言い淀むシャーリー。
どうした? と聞き返す美緒に、シャーリーは半ば諦めが混じる笑いを見せて、言った。
「もうね、何か違うんですよ」
「いっただきっ!」
エーリカの見越し射撃もトゥルーデにはお見通しだったのか、軽くスライドされて避けられる。
代わりに飛んで来たのは両腕に抱えられたMG42の、雨あられと降り注ぐ弾丸。勿論模擬演習用の銃、そしてペイント弾だから死にはしない。
だが鬼人と化した形相でひたひたと背後に迫るトゥルーデを見、エーリカはやれやれと首を振って見せた。
「どうしたハルトマン、まだまだだぞ!」
「トゥルーデ、本気になり過ぎ。私がカバーするポジション、がら空きじゃん」
「なっ! そんな訳……」
「今日は一対一でやってるから無理だけど、私がもう一人居たら今ので確実にトゥルーデ仕留めてるよ」
「それはハルトマンも同じだぞ!」
言われて、やっぱり、と気付くエーリカ。
怒ってるのか何なのか、妙に突っかかってくるトゥルーデを前に考えあぐねる。
でも、トゥルーデに最初に(朝食の席で)仕掛けたのは私だっけ、と気付くエーリカ。理由は自分にも分からない。
とりあえず、迫るトゥルーデをロー・ヨー・ヨーでかわすとハイGバレルロールで追い掛けながら仕掛ける。
突き放されヘッドオンになりかけたところでスライスバックで眼下に逃げる。なおも追いすがるトゥルーデ。
「なんか二人共、随分と熱が入っているな」
司令所から様子を見る美緒が、魔眼で時折二人の様子を眺め、呟く。
「あの子達、何かの切欠で火が付いたのかもね」
同じく、様子を見るミーナは心配そうだ。
「訓練だからと、かえってやり過ぎて問題を起こされても困るな……おっと、今のは危ない」
「そうね。そろそろね……バルクホルン大尉、ハルトマン中尉、今日の模擬戦は終了、そこまでです。帰投しなさい」
無線越しに二人に伝える。特に威圧感は出さなかったつもりだったのだが、二人は突然戦意を失ったかの様に、
大人しく滑走路に着陸し、ハンガーに向かった。
「あら珍しい。もうちょっと続くかと思ったのだけど」
「ミーナのその言い方じゃなあ」
笑う美緒に、何か変だった? と聞くミーナ。
「流石は501の“母”だな。さしずめ私は……」
「もう、美緒ったら茶化さないで」
苦笑せざるを得ないミーナだった。
帰還するなり手短に報告を済ませ、気分転換代わりに揃ってシャワーを浴びるトゥルーデとエーリカ。
結局二人は互いに被弾無し、“戦果”も無しと言う訓練結果に終わった。
二人の間には沈黙が漂う。
シャワーの勢いの良い水音だけが辺りに響く。石壁に弾かれる飛沫もまた、訓練で火照った身体をクールダウンさせるにはちょうど良い。
かいた汗を流すべく、石けんで身体を洗う。
ぽつりと、トゥルーデが言う。
「手を抜いたのか」
聞き逃さなかったエーリカは、即座に答えた。
「まさか」
「じゃあさっきの機動は何だ。本来なら」
「やめようよ、トゥルーデ」
「何っ?」
「今更泡まみれのままで、もう一度空に昇って決着でも付ける気?」
「そ、それは流石に」
「じゃあ、もうやめようよ」
エーリカに二度止められ、言いかけた事を呑み込む。
トゥルーデは少しうつむき、派手に飛び散る水飛沫も構わず、髪を洗う。
突如として、背中に小さな膨らみを感じる。素肌と素肌が、石けんという極薄い皮膜ひとつ隔てて密着する。
鼓動が、聞こえる。
「今朝はごめんね」
そっと呟かれたその言葉。そんな事でこの私が……、との思いとは裏腹に、しっかりと彼女を正面から抱きしめている自分に気付く。
「もう良い。もう良いんだ、エーリカ」
「本当?」
ふっと笑みをこぼしたトゥルーデ。
「私もつくづく大人げないと思う」
「何でも本気。それがトゥルーデの良い所」
「悪い所でもあるんじゃないのか?」
「自覚してるならよ~し」
「エラソウに」
「トゥルーデにだけだもんね」
「まったく……」
絶え間なく流れるシャワーの中、そっと抱き寄せ、唇を重ねる。
石けんもあらかた流れ落ち、二人の髪はべったりと張り付いている。
素肌の触れ合い。ぬるい温度のシャワーの中で、お互いの鼓動を感じ、もう一度、気持ちを確かめ合う。
「今度は、どうする?」
悪戯っぽく笑ったエーリカに、トゥルーデは答えた。
「言うまでもないな」
二人は目を合わせ、笑った。そしてもう一度、キスをした。
唯一無二の存在。
お互いにとっての、愛しの人を表現する言葉。
良きライバルであり、喧嘩友達でもあり、背中を任せられる仲間、そして……。
end